■小噺 [ 土の本棚 ]


   黒衣森から門を潜って街に入る。来る事自体は久し振りでありそれなりに距離もあったが、何度か来た事のある場所だけに特に困りはしなかった。
   問題があるとすれば、目的の人物がそう簡単に捕まるかどうかという点が一つ。
   彼が拠点にしている最たる場所はグリダニアだと言われたが、あくまでもそれは可能性が一番高いというだけであるらしい。他にも幾つか拠点はあり、そうでなくとも気の向くまま彼方此方をうろついている事もあるという。
   問題はもう一点あるが、そちらは更に問題だ。そもそもの依頼料が相場のそれにすら見合っていない。
   それでも、この話を振ってくれた人物は大丈夫だろうと言っていた。既知の間柄だという、一見では歳の解りにくい青年は、条件を考えるに断られる事はまず無いだろうと宣った。他にアテもない以上、それを信じる他に無い。
   一先ずは顔役のところに挨拶に行き、ついでにその人物について訊いてみるのが早いだろう。
   何しろ此方は、依頼を出すに該り必要最低限の事くらいしか解らない身だ。ここまできたらもう思い悩んだとてどうにもならない。
   なるようになれという想いでカーラインカフェへ向かうと、カウンターの中にいつもであれば居るエレゼンの姿が見えなかった。見えたのは、カウンターを背にするようにすぐ傍に寄せた椅子に座り、本を読んでいるミコッテくらいのものだ。
   「いらっしゃい、ここの主でしたら今は席を外していますよ。何かお急ぎで?」
   人が少ない時間だったのか、まばらだった人影を見回しても姿が見当たらず、テーブルの列を超えたあたりで足が止まる。
   声を掛けてきたのは、そこで本を読んでいたミコッテの男性だった。器用に片手で本を開いたまま問いかけてくる。
   褐色の肌に銀髪、眼鏡の奥の目は金色のようだった。着ている服装から錬金術師のように見えたが、最近では色々な人が色々な格好をしている事が増えたのでそこだけで判断するのは早計かも知れない。平均的なミコッテの成人男性よりもしっかりした体格にも見えた、というのもそう感じた原因だ。
   「…人を探していて、此方でなら解るのではと」
   言って良いものか少しばかり悩んだものの口を開く。
   探している相手もミコッテなら、教えてくれた人物もそうだった。同種族であれば知っている可能性もあるかも知れない。
   これであっさり見つかれば何の苦労もないのだけれど。
   「でしたら、先に手続きだけ始めてしまいますか?じきミューヌさんも戻ってくるでしょうし」
   おや人捜しかと言うと席を立ち、背にしていたカウンターの中の引き出しに手を伸ばす。
   「ちょ…ちょっと勝手にそんな…!」
   慌てて駆け寄る此方にも構わず、確かこの辺だった筈などと平然と引き出しの中を覗いていく。
   「大丈夫ですよ、この辺に入っているのは未記入だけと言っていたし。今は代わりの留守番みたいなものなので…あった」
   「いや、ええと…それもそうなんですけど、そうじゃなくて。依頼を出したくて探している人がいるんです」
   「あぁ其方でしたか、なるほど?」
   肩越しに振り向いて止まると、引っ張り出しかけていた手続き用と思しき紙を元に戻して引き出しを閉じる。
   留守番というならせめてカウンターの中にでも居てくれれば紛らわしくないだろうにと思いはするが黙っておくことにした。
   横にもギルドリーヴのカウンターなどあり、そこにも人はいる。ここまでしていてそのどこからも制止の声がかからないという事は、留守番というのは本当の事なのだろう。

   「ただちょっと、依頼の内容に問題があるというか…受けて頂けるかも怪しい話なんですけど」
   「…手紙で連絡が来ていた件の方かな。血縁者が色々収蔵していた蔵に盗みに入られた話」
   依頼という形で、且つきちんとしたルートを通す以上は相場が存在する。
   先んじて届いていた手紙の中にも、依頼主が提示できるだろう報酬が基準に届かないという旨の記述はあった。そこについては本人も解っているのだろう。
   あからさまに声がしぼんでいき、視線も手元を通り過ぎて更に下に落ちていく。どう見てもしょぼくれている以外の何でも無い。
   「盗もうと入った連中が罠から何から全部作動させた結果、お祭り状態になっているとかいう。合ってますか」
   近くに寄ってくれているので声は落としても届くだろう。さほど人のいない時間とはいえ、確定していない話を垂れ流しにする事もない。
   「おかげで盗まれたものは多分ないんですけど。その件で合ってると思います…」
   蔵、といっても正確には違うらしい。
   最初は蔵だったものの、蒐集し始めた当人が集めるに集めた挙げ句収納しきれなくなり、その後ろにあった岩壁を削り無理矢理に拡張を重ねたそうで、入り口以外は手彫りの洞窟のようなものだとあった。根性は賞賛に値するが頑張りどころを間違えているんじゃないかと思う。
   「手紙にも、彼女の準備できる額はそうないと思うとはありましたからね。まぁでも、そこの裁量はここの主に問うのが一番でしょうし。一応内容だけ伺っておきましょうか」
   話が他に流れるのも面倒臭い。自分の近くにもう一脚椅子を運んできて、話を持ってきた彼女に座るよう促した。
   どのみちこの話が回ってくるのは自分だ。手間を省いてここで引き受けてしまっても個人的には何の問題もないが、後々を考えるなら良い選択かというと微妙なところだろう。
   それも、困る可能性があるのは目の前の女性のほうになる。
   依頼を出すなんて事はないに越した事はなかろうが、同じ事をするのならやりとりくらい経験しておいたとて損はない。前情報と、現時点で話を聞いているのを加味してもそこまで緊急の案件でもないだろう。
   少なくとも聞いてはもらえるのだと安心したのか、腰を下ろすとゆっくりとだが状況を話し始めていた。
   その内容を記憶しながら、こうも場慣れしていない、どこに助けを求めて良いか解っているのか怪しいような状態の依頼主を「大丈夫だと思うから」などという曖昧な言葉で送り出した手紙の主の神経はどうかしているなと思った。
   どうせ何も考えていないだけだろうが。
   あの人はそういう人だ。手を貸すならせめてここに来るまで付き合って差し上げろ、馬鹿親父殿。



   そうこうしている間に、届け物を受け取りに行っていたミューヌが戻ってくるのが見えた。
   「待たせたねルシエ。届けに来た荷運びが初の子だったようで軽く迷子になっていてね、時間がかかってしまったよ。有り難う」
   「いえ、俺は暇潰しに来ただけなのでお役に立てたなら何より。じゃあ留守番はここまでかな」
   やれやれとカウンターに荷物を置くミューヌとのやりとりに、依頼主が目を丸くして交互に見る。
   その様子に、そういえば名乗っていないなと今更ながらに思い出した。とはいえ、面白いからまあいいかと切り替える。
   「いやもう、あの人の手紙毎回片手落ちだな。情報が足りていない。あと俺の事を伝えるのなら、それはそれでもっと伝えようがある筈なんですけどねぇ」
   「君の場合は誰に聞くとしても名前を出せば解るだろう、容姿伝えなくても。肩書き何個あると思っているんだい。というか最大の原因は、君が普段の格好をしていないからじゃないのか」
   何でその格好なんだい今日、との問いに、納品に行ったあとだったからなぁと答える。作り終えた納品物を届けたあと、特に用事も無く暇を持て余して寄り道しただけというのは本当だ。
   ついでに手紙の案件の主がそろそろ来るかも知れないという予測もありはしたが、来なければ連絡が来るのを待つだけの事なのでそこは重視していなかった。今日のうちに済んだのは運が良かったと言えるだろう。
   「ルシエって…ルシエ・クレスタ?貴方が?」
   依頼という事なら手続きはしてしまおうねと、早々にカウンターに戻ったミューヌに言われるまま進めていた依頼主だったが、手続きに必要なものを粗方書き終えたところで思い出したように此方を見上げる。同時に、また名乗らなかったのかという突っ込みが聞こえた気がしたが右から左に流しておいた。
   「はい、俺です。先程の話ですがお受けしますよ。報酬に関しても可能な範囲で大丈夫ですのでご心配なく」
   「依頼の…えっ?」
   ここで追加情報を割り込ませたらどうなるだろうかと、一寸した興味で問われるより先に返答を差し込んでみると、最後に自分のサインを入れようと手元に戻っていた視線がまた此方に戻った。当然ながら手も止まっている。但し急に止められた所為かインクが落ちたが。
   「裁量はミューヌさんの判断が要るのでは…?」
   「え、要ります?」
   問われた事をそのままカウンターの中のミューヌに放り投げてみるとやや呆れ気味の目が此方を向いていた。
   「君がいいならいいけれど、依頼人で遊ぶんじゃないよ…と、でも本当にいいのかい?これ」
   相場の6割もいくかどうかじゃないか、と改めて内容を見直したミューヌが問う。たいした間も置かず、別にと答えた。
   「即答か。念の為、理由を聞いても?」
   情での話をするのなら、恐らくどこの顔役であれ、受ける者がいるかは運になるだろうがそれでもいいならと言うだろう。そうして所謂、割に合わない仕事というやつの完成だ。ただ、そうは言っても建前はある。
   手慣れている者が引き受ける相場を下げる事が常態化すると、まだ慣れていない、駆け出しの者達への依頼もそれに倣って下がりかねない。そういう話だ。
   とはいえ、相手が建前でしかないのなら通る屁理屈を提示すればいいだけの話なのだが。
   「考えてもみて下さい、収拾が付かなくなるほど罠があるという事は、それだけ色々仕込まれているものがある訳だ。収蔵品の殆どが書物なのに。書物に仕掛けられている罠もあるかも知れない」
   何だったら、物理的に手を囓ってくる本だってそこいら辺にいる。
   「あー…うん、そうだね」
   「そういったものがごろごろしている個人所有の収蔵庫ですよ。そういうものを集める人は、個人であるほど他者に扉を開かない傾向が強い。しかも奥は言ってみれば人間サイズのモールの巣。その内部が見られる上に、後始末の名目とはいえ収蔵物に触れてもいいときている。そんな面白いもの、不足分を埋め合わせるには充分でしょう。何の問題が?」

   書物なのに。
   彼がそう言ったあたりからもう、カウンターの中のミューヌが突っ込むのを諦めたように見えた。何なら、また始まったなくらいの表情にも見える。
   恐らくこういう事に関しては彼はいつもそうなのだろう。そういった案件ならルシエに頼むといいと言われた理由が解った気がした。実際、その表情はとても楽しそうに見えたし、微妙に割り込ませる気のない話し方にも聞こえた。
   そう納得しかけていると、あぁそれと、とやや改まってルシエが口を開く。
   「此方も探しているものはありまして。雇っているリテイナーの一人が、身内の為にと探している本があるんです。もしあったら一部を写させて頂いても?」
   「え…っと、全部は把握できていないので、危険のない子なら一冊くらいお渡ししても全然大丈夫ですけど…」
   ほんの一瞬で元の話し方に戻っているあたりわざとやっているようにも見えるし、素のようでもある。もしかするとどちらも正解ではあるのかも知れない。
   「危険はないんじゃないかな、絵本らしいですから。ただあまりに古いそうで、どこに埋もれているかも、本の体裁を保っているのかも解ったものじゃないんですよね」
   どちらにせよ、見つけたら一先ず確認に持ってきますねと話を区切る。
   その後、蔵の場所を確認し内部の簡単な地図を受け取ると、準備をしたら向かうと言ってルシエはその場を後にした。
   「大丈夫だと思うよ。こと、本に類するものがあるというなら彼はとても向いている。依頼もきちんとこなすけれど、何より馬鹿がつく程そういうものが好きだからね」
   他への損傷も極力少なく済ませる筈だよと、後ろ姿を見送ったあとにミューヌが付け加える。
   書物が好きなのはその通りだろう。途中で挟んだ提案でも解る。あったら持ち出しても、とは最初から言わずに一部だけを写していいかと問うた。全ては写さないというあれは、恐らく所有者に対しての敬意でもあるのだろう。
   写し取る事の意味を気に留めない者なら、あの発言は出てこない。
   ともあれ自分がついて行ったところで何が出来る訳でもなく、場に残りそんな事を考えながら、飲んでお行きよと淹れてもらったお茶に口をつける。
   安心して待っているといいと言うミューヌの言葉を信じるしかないのは間違いが無かった。自分で何とかできていたなら、わざわざここまで遠出をして依頼したりなどしないのだから。
   「…となると安心できないのは、待っている間の滞在費かしら」
   「そこも問題はないんじゃないかな。もし予定をはみ出るようなら、伝達不足の代償として手紙の送り主に請求すると言っていたからね」
   再びお茶に口をつけようとしたところでそんな事を言われ、まだ口に含んでいなかった自分を褒めたいとすら思った。そうでなければ吹き出していた自信がある。
   流石にそれは申し訳ないと言う此方に対し、大丈夫とミューヌが断言した。
   何がどう大丈夫なのか。口籠もると、どうとでもすると思うよと更に続ける。
   「どうせあとで解るだろうしいいかな。手紙を見せてもらって解った事だけれど、貴女にルシエの事を教えたのは彼の父だよ。そうは見えなかっただろう?」
   最初に見た時は兄弟かと思ったものだと笑う。
   確かに今ひとつ、見た目で年齢が判別できないなと思ったのは確かだった。だったけれども。
   もしそれが事実だとしてもあまり不思議はないような、妙な納得感を抱えながら改めて残りのお茶を頂く事にした。





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