■短話・記憶ノ欠片 [ 神の威を刈る ]


   床に転がるのは血まみれの騎士。
   ごぼごぼと水音混ざりの嫌な呼吸を繰り返し、血を垂れ流し続けるその男の背を容赦なくプリーストが踏みつけにした。
   血でできた虚のような赤い目は冷酷に細められ、そこにはなんの情もない。
   いくつもの掠り傷に小さな裂傷。ぱっくりと切り裂かれた黒の法衣の下に覗く脇腹の深い傷。プリーストのほうも決して万全と言える状態ではない。
   それらを全て加味しても、踏みつけにされている男に勝ち目はないように見えた。素手で切り裂かれた喉元から溢れる空気の音は、次第に静かになっていく。
   更に後ろには三十路半ばになるかどうかという、別のプリーストが一人転がっていた。そちらは微塵も動かない。よくよく見れば、呼吸に伴う動きも最早見られない。
   「宜しい、君への処断は即刻取り下げさせよう」
   ぎしりと足下で鎧が割れそうに軋む。その音が響くと同時、部屋の奥から声が届いた。
   片足にこめた力をぴたりと止め、赤い目だけでゆっくりとそちらを向く。
   「君の身柄は教会により保証される。次いで今し方空席となってしまった我らが末席を埋めていただこう」
   「…」
   プリーストは答えもせず、ゆっくりと騎士の上に置いていた足を退けると肩越しに後ろに転がるものを一瞥した。
   赤い目が再び部屋の奥を見据えるまでほんの数秒。
   意図して暗くしているのか趣味かは知ったことではないが、部屋の奥は暗く見通すことは出来ない。だが少なくとも3人はいるだろう。
   否、聴覚に集中すれば空気の音であと2人くらいはいそうだった。それでも異議がないということは意見が一致しているのか、残りの2人は護衛か何かだろうか。
   大聖堂内の一室。奥にいるのは教会上層部、つまりは評議会の一部だ。
   先刻まで悪魔憑き、いや悪魔そのものというように排除する標的に据えていたというのに、利があると見た途端掌を返したようにあっさりと覆される、神の裁き。
   思えば思うほど、歪んだ笑みが浮かびそうで堪えるのも一苦労だ。
   「その目は封じさせてもらうぞ」
   「明日正式に。それまでは首都から出ないように」
   「もっともその傷では、如何に君とてそう動き回りはできないだろうがね」
   次々に言葉が紡がれる。予測通りの数であることは解ったが、とはいえ一人でまとめて喋ってもらったほうが聞きやすいかも知れない。
   「改めて我らの末席へようこそ」
   わざとらしく強調する単語に馬鹿馬鹿しさすら感じてしまう。
   末席、と声に出さず繰り返す。
   首に縄でも付けたつもりかと問いたくなるのは堪えたが、酷薄な笑みが口の端に浮かぶのは止められなかった。
   評議会入りといえ実際にはただの駒だ。
   それは背後の死体が物語っている。死体にしたのはこの手だが。
   地位で縛り、使い捨てる為の駒。これは茶番だと腹の底で嘲笑する。せいぜい飼えるつもりでいるがいい。
   飼い犬と思っていた相手が犬ではないと知る日まで。
   「…神の御心のままに」
   血の匂い漂う中に、空々しく底冷えした声が静かに響いた。


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