幾人もの死を見送った。置いていかれるその度に、裏切られたと感じた日々はどこまでも遠い。
拾ってきたのは何年前だろうか。
まだ髪を青に染める前、プリーストになって間もないと言う割に全ての感情を飲み込んだような、そのくせ濁り無い不思議な目をしていた事を覚えている。
但し強く刺す、諸刃の剣のような目ではあったけれど。
聖職者にしておくには勿体ないと言うと、ほんの一瞬だけ寂しそうに目を細めた。
自嘲と後悔。その色がどこまでも染みついているのに、そんなにも前を向ける強さが酷く危うく見えたものだ。
「さっきからなんだ、不気味だな」
棚から数冊抜き取った本を片手に、ふいに赤い髪が振り返る。
表情に出ていたかなと思いつつ、何が?と銀髪のアサシンが惚けてみせると呆れたような表情でプリーストが一瞥した。
「先刻から延々と人の動きを追っているだろう」
「相変わらず気鬱な顔しているなと思っただけだ」
その台詞に如何にも嫌そうに目を細めると、4冊目の本を抜き取る。
「…血は足りているのかな」
暫しの間のあと、ぽつりと呟くと本を漁る手がぴたりと止まった。そのままゆっくりと静かに、赤い目がアサシンを睨み付ける。意に介する様子もなく、知っているよと呟くと使われなくなって久しい机の端に腰を下ろした。
そのまま、この部屋の本来の持ち主を真っ直ぐ見返す。
所属が変わった今、このプリーストがギルドの拠点に顔を出す事は本当に稀だ。それでもギルドマスターの意向で部屋はそのまま残してある。
いつ戻ってもいいようにでもあるし、必要があれば隠れ家の一つとして使えという事だそうだ。無論、対価はあるのだけれども。
「…あれは永世者ではない」
小さく息を吐き、言うとふいと視線を逸らす。苛立ちの見える横顔に、どうせまた無理でもしているのだろうと想像がついた。
「あの子に負担をかけないためか。永世者の血でよければ分けるけれど」
「他の血が混ざるのは嫌だと言った」
遠慮する、とあっさり返す台詞に一瞬間があく。
「…案外甘いな、おまえは」
ふ、と息を吹き出すように小さく笑い、続いた声は柔らかかった。
長かった銀の三つ編みを変装の為とばっさり切り落とし、短くした髪をわしわしと混ぜ、口元の草の葉を揺らす。
Dの一文字だけを名乗り続ける銀髪のアサシンは、時によってまるで見た目の印象が変わる事がある。どうやっているのか、性別すらも覆す。
本来は女性の筈だが、線が細い印象こそあれど今の見た目はどう見ても男でしかなかった。器用なものだ。
その器用さを他者との関係構築に全く活かす気がないというのが問題だが。
「…何とでも言え」
不機嫌そうに告げると、手にした本を荷物の中に放り込んだ。
「まったく、兄妹揃って繊細な子だなあの子達は。血の摂取といえど食物の摂取と変わらぬだろうに。それをいちいちきいてやろうというのだから、おまえは甘いし馬鹿だよ」
「おまえこそ、あれの妹に手を出すとは思わなかったぞ」
持ち出す荷物を整えつつ、黙っているのも癪でぼそりと口を開く。
そうかい?と軽い声が返ってきた。
「一人が嫌なのだそうだよ」
言って小さく笑う。
「あの子を最後まで見届けるのが今の契約だ」
「契約…か」
視線は荷物へ向けたままでプリーストが呟いた。
このギルドに所属している、或いはした事のある者の殆どが偽名を名乗っている。自分もそうだ。一文字だけが本名という者などそうそう居たりはしないだろう。
もっとも、自分の場合は元の名前の記憶があまりにも曖昧になってしまったからというだけなのだが。
目の前にいるこのプリーストも、偽名と言えば偽名だ。カイと名乗っているが、本来は別の字を宛てる。
「…そうして何人も見送るのか、おまえは。いつまでも」
そう続ける横顔に一瞬、自分のことのように影が差す。よくよく見ていなければ気付かないほどの差ではあるが、言えば恐らく拗ねるだろうなと予想するのは難くない。
自分ほどではないにせよ、同じようにいくつもの死を見送ってきた身だからこそ。
そして未だその事象に無関心に麻痺していないからこそ。
聖職者でありながら、必要と有れば容赦なく死を撒くというのに、できるならば人は殺したくないと一度だけ愚痴を言ったのを聞いた。その感情が、人とそれ以外の、自分にとっての一線だと。
半魔であることを認めながらも人であることに固執しようとする不器用さが、この男らしいと言えなくもない。
「花は散り、人は逝く。たいていの者は私より先に。けれどそれすら流れの一つに過ぎない」
言いながら柔らかく目を細める。
「それならば流れの一つ一つに、見届けて花を添えるのも悪くはない」
いずれおまえにも解るよと告げると、カイが視線をあげた。心底辟易したようにため息をつく。
「解らずに済むことを願いたいな…」
「そう言うな、どうせおまえだって人の範疇の外じゃないか」
楽しげにDが笑う。有り難くないなぁと、荷物を整え終えたカイが軽く苦笑した。
自分の体が、老いなくなったのはいつからだろうか。
ふとそんなことを思う。親だった人は無論見送った。
いつの間にか時間の進まなくなった手を握り、ごめんねと繰り返しながら逝った母の最後は鮮明だ。仕事で殺した人々の最後の瞬間すら実は覚えている。
実際は置いていかれる身ではなく、置いていく身だと気付くまでに要した時間はそう長くはなかったように思えてならない。
裏切られたという感情は既に覚えず、寂しさもなく、今はただ短い命達に花を添えるのみ。
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